第2章 インターネットと電子化文書


2.1 インターネット上の電子化文書規格

 インターネット上のWWW(World-Wide Web)とWWWブラウザで流通しているWWWドキュメントについて述ベる。

2.1.1 HTML

 HTML(Hyper Text Markup Language)は,インターネットの上でハイパーテキスト技術と文書検索技術が結合して作られた情報検索サービスであるWWWのためにCERN(欧州原子核研究所)で開発され,1991年に公開されたハイパーテキスト記述言語である。HTMLは,テキスト,書式付きテキスト,画像,音声などをドキュメントの中に貼り付けることができ,別のドキュメントとのリンクを記述することができる。

 このHTMLで記述されたドキュメントのWWWブラウザでもっとも一般的なものがMosaicである。1991年4月に,イリノイのNCSA(National Center for Supercomputing Application)で発表されたものであり,93年よりMosaicのソースコードは無償で公開されている。Mosaicはグラフィカルで革新的なユーザインターフェースとその使い易さで急速に普及し,インターネットへの関心を爆発的に増加させた。

 現在,いくつかの会社が商品としでWWWブラウザを開発・販売している。代表的なWWWブラウザとしてSPYGLASS社のAir Mosaic,NetScape Communication社のNetScape Navigatorなどがある。WWWブラウザの開発者たちは,より使いやすい環境をユーザに提供するために,HTMLの独自の拡張を行っている。

2.1.2 PDF

 従来の出版物と比べて,現在のHTMLでの表現力が貧弱で,コンテンツの表現にこだわる電子出版においてはまだ十分とはいえない。インターネットを利用した出版ビジネスの機運が高まるにつれて,紙で表現する場合のドキュメントの品質を,インターネットを通じた画面上でも実現しようという「電子紙」の世界を目指す方向が明確になってきている。

 表現能力が貧弱なHTMLを補完する技術として印刷出力の事実上の標準であるPostScriptの技術を応用し,ドキュメントの再現性が高く,電子出版で利用するのに必要な機能を備えるAdobe社のAcrobatの標準フォーマットのPDFがにわかに注目を浴びるようになってきている。

 PDFは,自由な表現のレイアウトを記述できる。しかも,出版物を閲覧する側のコンピュータに特殊なフォントがなくても作成した出版物を忠実に再現できるようにしている。出版物の内容とともにフォント・データも送ることにより,利用者のコンピュータ環境によらず一定の出版物を配布できる。Adobe社はAcrobatの画面とHTMLを関連付けるソフトウェアも開発し,また,インターネット上でAcrobat ReaderというPDFドキュメントのブラウザを無料で配布している。このため,PDFはインターネットを通じたコンテンツの配布の手段として有望と見られる。

 米国では既にニューヨーク・タイムズ,などがインターネットを通じAcrobatを使った電子出版を開始している。また,PDFで発信しているWWWサーバは約百数十社に及んでいる。

2.1.3 VMRL

 最初はWWWはインターネットの上でのテキストベースのドキュメントの閲覧から進化してきたが,これをさらにさまざまな角度で見るため,3Dグラフィックとの融合へ進みつつある。VMRL(Virtual Reality Modeling Language)はWWW上でハイパーリンクされた仮想3D世界を記述するためHTMLを拡張した言語である。WIRE誌のBrina BehlendorfとCommunity Company社のMark Pesceが中心となり検討された。この仕様に従った代表的なWWW用3DピューワにはSilicon Graphic社とTemplate Graphics Software社が共同開発したWebSpaceがある。

2.1.4 Java

 HTMLではテキスト,画像,音声などを単に表示・再生するという記述しかできずドキュメントは常に静的である。しかしながら,ドキュメントのホームページの画面が現れるとすぐにアニメーションのような動きが始まったり,音楽が流れたりするような動的な情報のドキュメントの引き渡しが出現しつつある。Sun Microsystems社のオブジェクト指向言語Javaは,画像,音声などの静的な記述だけではなく,リアルタイムで動作する画像・音声などの動的な情報の記述を可能としている。Java言語で記述されたドキュメントのブラウザHotJavaは,これまで単なる表示ツールにすぎなかったWWWブラウザにJava言語で作成されたプログラムの実行が可能となっている。これを用いることにより,ブラウザの画面の中でアニメーションを見たり,インタラクティブなゲームや広告などが可能となる。

参考URL
 [1] http://ncsa.uiuc.edu/
 [2] http://home.netscape.com/
 [3] http://www.spry.com/
 [4] http://www.adobe.com/
 [5] http://www.sgi.co.jp/
 [6] http://www.java.sun.com/

2.1.5 SGML

 HTMLはインターネットのWWW用の発信の言語と言える。すなわち,紙での印刷やデータベース化などには欠点や限界がある。一つのデータソースで紙への印刷や電子出版,そしてCD-ROMでもインターネットでもドキュメントを流通させる手段の一つとしてSGML(Standard Generalized Markup Language)が注目されている。SGMLはCALSの文書交換形式としても採用され,今後,インターネット上でSGMLドキュメントの流通が考えられる。

2.2 私企業による文書規格のデファクト化戦略

 ここでは,私企業による規格である,Photo-CD,JAVA,Adobe Acrobatがデファクトスタンダードとなったのはなぜかについて,経営面,市場分析,ターゲット選定,マーケティングミックス(何を売って利益を出すか等)の観点から,ヒアリングの内容を元に検討する。

 さらに,個人ないしは私企業による,オープンマインデッドな規格ほどには広まっていないと思われる公的規約について,広まらない理由についても考察する。

2.2.1 経営面について

 Photo-CD,JAVA,Acrobatの規約の共通点として,「すぐに広まったわけではない」ということが挙げられる。

 Photo-CDは,はじめ,アマチュア向けに出して失敗している。JAVAも,その元となるものを,はじめPDA向けに出して失敗している。Adobe Acrobatもすぐに広まったわけではない。

 しかし,どれも,すぐに広まらなかったからやめてしまったわけではなく,強力なリーダーシップの元,「この規約は広まる」という信念をもって行っている。

 そして,最終的に,規約が広まった分野は,どれも自社の強みを生かした得意分野である。Photo-CDはコダックの得意な(デジタルではあるが)写真の分野であり,JAVAはSUNの得意なネットワークの分野,Adobe AcrobatはAdobeの得意な出力の分野で成功している。

 これらをまとめると,デファクトスタンダードとなった規格は,以下の特色があると言える。

単なる思い付きや,はやりを追いかけているわけではない。試行錯誤しながら長年かけて行っている。
自社の強みを生かした分野で行っている。
強力なリーダーシップ(経営者トップの意向等)の元で行っている。

 この点,公的規格の場合は,多数の会社が寄り集まって規格を実装するため,事実上,自社の強みを活かすことが行いにくく,また強力なリーダーシップも発揮しにくいため,規格を広めるのには不利と考えられる。

2.2.2 市場分析について

 各社とも,ターゲットに対する市場分析や,現状分析をおこなっている。

 この分析内容を見ると,各社とも独自の詳細な市場の読みがあるのがわかる。これは,自社の得意分野である,熟知した市場を分析しているために,詳細で的確な市場の読みができるのであろう。また,そこまで詳細な市場の読みがないと広めることは,難しいとも言える。

 例えば,Photo-CDの場合,写真の文化については,かなり深い,独自の読みをしている。また,Adobeの場合は,DTPについての知識が(当然のことながら)深くあるのが分かる。

 さらに,製品を投入する場合,市場のすこし先を行くのがよい。あまりにも先進的では,はやらない(JAVAの場合,JAVAの元であるOAKをPDA市場に投入したときは,先進的すぎてうまくいかなかった)。

 このように,デファクトスタンダードの場合は,市場ニーズを熟知した会社が,市場のニーズよりすこし先の規格を投入して成功している。

 この点でも,市場ニーズの分析を行う機関がはっきりしていない公的機関は不利である。

2.2.3 ターゲットについて

 各社とも,ターゲットについては,特定な業種等に絞って相手にするわけではなく,あくまでも一般の人を相手にしている点が共通している。

 ただし,利用分野については,ある特定の目的の利用に絞り込んでいることがわかる。

 つまり,すべての市場を独占し,自社の規格を利用してもらおうとしているわけではなく,目的別に既存のフォーマットと共存して利用されることを考慮している。

 例えば,Photo-CDの場合,最終的には一般の人に利用してもらおうとしている。

 ただし,モノクロの場合でも,カラーの場合でもこの規格を利用してもらおうとしているわけではない。マイクロフィルムのデジタル化の分野では,Photo-CDを勧めていない。

 このように,利用用途は,カラーを中心に考えている。

 Adobe Acrobatも,一般の利用者を対象にしている。分版(カラー印刷の際,印刷物をシアン,マゼンタ,イエロー,ブラック等の色の版に分けること)ができないことから,印刷業といったプロフェッショナルを対象にしているわけではない。

 しかし,利用範囲としては,ターゲットとして,主にネットワークで利用されている。

 JAVAの場合も,現時点ではネットワークでの利用が中心である。

 つまり,ターゲットとして,利用者を絞り込むのではなく,利用範囲を絞り込むマーケティング戦略が成功しているように思われる。

 この理由として,利用者を絞り込むと規格の用途(ソリューション)が提供しやすくなることが考えられる。ソリューションを明確にしないと,一般をターゲットにする場合には,売りにくい。このことについては,Photo-CDの所で述べられている通りである。また,利用範囲を絞らないと,自社の強みが出せないため等の理由も考えられる。

 さらに,利用対象によっては,要望が矛盾するため,すべての要望を聞きにくいこともあるであろう。例えば,印刷業向きのフォーマットは,画像解像度を高くしないといけないが,ネットワーク上に流布するためには,画像解像度は低くしなければならない点などである。

 なお,このような矛盾する要望がある場合,私企業のフォーマットであれば,自社のマーケティング戦略を元に,どの要望を取り入れるかが決定しやすい。それに対して公的規格の場合,どのような要望を取り入れるかを決めるのが難しかったり,様々な手続きを踏まなければならないといった不利な点があると思われる。

2.2.4 マーケティングミックスについて

 ここでは,製品の種類を大きく以下の三つに分けて考える。

(1) フォーマットそのもの(実装した場合のロイヤリティ等)
(2) そのフォーマットを作り出すもの(AcrobatのAcrobat Writerなど)
(3) そのフォーマットで作られたものを読み出すもの(Acrobat Readerなど)

 この場合,各社とも,(1)のロイヤリティーで利益を出し,(3)のリーダーは無料にしている。例えば,Acrobat Readerは,パッケージを買うことも出来るが,ネットワーク上で取ってくることも出来る。JAVAの場合は,Netscape Navigatorで見ることができる。Photo-CDは,とりたててリーダーが無くても見ることができる(従って無料と同じといえよう)。

 一方各社とも,ロイヤリティーは取る形になっている。

 つまり,一般の利用者からは無料にして,幅広く利用してもらい,そのフォーマットを利用して製品などを作る企業からロイヤリティーを取って利益を得る形を取っている。

 この理由としては,利用者から料金を取らないことにより,利用者の層を広げるためと思われる。またJAVAの所で述べられているように,もし実際に利用者から課金するとしたら,どのように行ったらよいかという技術的問題もある。

 また,JAVAの場合や,Acrobatの場合,それらフォーマットを利用した文書あるいはプログラムを記述しても,規約の使用料を払う必要はない。従って,利用者からみると,これらの私企業の規格を利用して文書を作成,表示する場合,公的規格同様,使用料を払わなくてよいことになる。このことは,公的規格がコストの面で,私企業の規格と差別化しにくいことになる。

 さらに,Adobe AcrobatのSDKのように,なんらかの形で,規格を利用する人に対するサポートも考えているところもある。このような規格のサポートが充実してくると,公的規格をサポートするより,むしろ私企業の規格をサポートした方が,開発コストが低く押さえられる可能性も出てくる。

 なお,規格のサポートという面に関して,JAVAでは,標準化団体を作らないという話があった。

 なぜ作らないかについて,特に述べていなかったが,いままでの考察をまとめると,以下の理由が考えられる。

(1) 標準化団体を作ると,利害関係が一致しなかったり,矛盾した要求が出たりする。その場合の調整を行わなければならない。
(2) (1)で示したような調整を行うには,時間がかかる。その結果,時々刻々と変化する環境に適応できなくなり,規格が時代遅れの魅力ないものとなってしまう。
(3) 標準化団体の規模が大きくなればなるほど,その団体をまとめあげる強力なリーダーシップを発揮しにくくなる。

 また,公的規約の問題として,宣伝が挙げられる。私企業の場合は,予算を組んで,強力に規格を広告宣伝できるが,公的規約の場合,誰が広告を行うかがはっきりしなかったり,たとえはっきりしても,高額な宣伝広告費をかけられない場合もありえる。この点についてPhoto-CDでは,物理的な規格ができても,資金を注ぎ込まないと広まらない,との意味の発言がある。

2.2.5 まとめ

 いままでのことをまとめると,私企業の場合,以下のような戦略をとることにより,規格を広めることができたと考えられる。とくに,JAVAやPhoto-CDがはじめ広まらなかったことから考えて,(2)の理由が重要であると考えられる。

(1) 市場を熟知した者が,強力なリーダーシップを発揮して,長期間をかけて行っている
(2) 市場ニーズを創出するというよりは,むしろニーズがある分野で行っている
(3) 一般を対象にしているが,利用範囲は,ある程度絞って考えている
(4) ロイヤリティーを企業から取り利益を得ている。その規格で記述されたものを読み込むソフトを利用する人に対しては,規約の使用料を要求しない。
(5) 規格を広告する担当者が明確である。

 これらの戦略を取った規格は,環境の変化に迅速に対応でき,その結果として,市場に規格が受容されるといった様式が起こっていると思われる。

 すなわち,公的規格を先に決めて,不特定多数の人に広めるという様式ではなく,市場ニーズが先にあり,そのニーズを満たす規格を決めて,強力に宣伝していくといった様式である。この様式には,私企業や個人が定めた規格の方が対応しやすいという状況にあると思われる。

 この点,公的規格が不利であることは,前述した通りである。

 しかし,だから公的規格が広まらないとは一概には言えない。公的規格でも広まっているものはある。たとえばJAN(Japan Article Number)である。

 これは,流通システム開発センターが決めた,商品コードであるが,現在多くの商品についていて,POSシステムで利用されている。

 さてここで,このJANコードについて考えてみると,上述の(1)から(5)の項目に当てはまっているのがわかる。

 まず,(1)と(5)については,流通システム開発センターが,強力にJANコード普及について広めている。

 また,(3)については,商品コードという特定の分野に限ったものである。(4)については,POS端末利用者は,流通システム開発センターに使用料を払うわけではない(ただし,商品コードを登録する企業からは,登録料が取られる)。

 (2)については,コストダウンのための在庫管理や,受発注の合理化のための,単品管理というニーズが流通業にある。JANは,このニーズを満たすのに向いているコードである。

 このように考えていくと,公的規格だから普及しないと考えるよりは,むしろ公的規格は,規格を普及させる条件を満足させにくく,それが満足されれば,規格が普及する可能性があると考えられる。

 また,私企業の規格や,個人による草の根民主主義的な規格は,これら規格が広まる理由について,公的規格よりも満たしているために広まっているとも考えられる。

 むろん,JAVA,Photo-CD,Adobe Acrobatの三つの規約の特徴から,規格一般に対して広まる理由を述べることはできない。この規格が広まってから,まだ月日があまり経ていないし,広まった理由についても,本当にその理由で広まったかどうかわからないからである。その点についての御判断は,読者諸兄にお任せしたい。

(c)1995 JEIDA