付録D この報告書の作成について

D.1 この報告書の作成プロセスについて

 本節では,報告書の構成案や内容に関して議論となったトピックについて説明する。

(1)ログをもとにアウトラインを決定

 本委員会では,3年間の委員会活動の多くをヒアリングに費やしており,3年間で実施したヒアリングは合計13回にのぼる。それぞれのヒアリングの内容はすべてテープで録音し,その内容をテキストとして残している。

 本委員会の3年間の活動をまとめる報告書を作成するにあたり,ヒアリングのログそのものが何かをもっとも迫力があると考え,ヒアリングのログの内容を報告書作成の出発点とした。そして,以下の手順で報告書を作成した。

  1. 個々のヒアリングログからキーコンセプト/キーワードを抽出する
  2. キーコンセプト/キーワードのカテゴリ分けをする
  3. カテゴリ分けを一部見直し,報告書の目次案を作成する
  4. 目次案に従い,報告書の文章を作成する

 報告書の作業手順の決定に際して,「全体構成がないと,この先の作業をすすめるのが不安である」という意見もあった。しかし(2)のフェーズを終わった時点で,まだ文章は一切書いていないものの,ほとんどの委員があたかも「報告書がほとんど完成した」かのような実感を得ることができた。

 この報告書作成手順は,ログという混沌とした情報の固まりから秩序を生み出し,文章としてまとめるという「KJ法」のような作業である。多量のデータを集め,そのデータを分析し,データ自身が語っている方向性をくみとるという今回の報告書作成手順は,特に(1),(2)の作業に非常に時間がかかる。しかし,今現在完成した報告書を眺めてみると,本書はヒアリングログという事実の裏付けをもち,完成度の高いものとして仕上がっているのではないであろうか。

(2)ネットワーク出版と紙出版の違い

 本報告書は,当初から紙への印刷とWWW上での公開を想定していた。文章作成に先立って,「紙用の報告書とWWW公開用の報告書の2種類の報告書を作成する必要があるか」ということが議論となった。

 報告書作成の作業を考えると,紙の報告書用の文書とWWW公開用の文書の両方の文書を作成するのは二度手間になってしまう。しかし,たとえば関連情報を示す手段として,HTML文書ならばリンク情報としてユーザに提示するのが一般的であるのに対して,紙の文書ではそれ以外の方法(例えば,内容を引用する)を取らざるを得ない。結局,文書の媒体としてHTMLのような電子的な媒>体を使用する場合と紙を使用する場合では書き方を変えざるを得ないと考え,二度手間は仕方がないこととした。

 また,キーワードの場合はヒアリングログ中の位置を示すのに特定のパラグラフに対応するが,キーコンセプトはヒアリングログ中の複数のパラグラフに対応する場合がある。この場合の対応パラグラフの表示方法について,「パラグラフをまとめた小見出しを作成し,小見出しと対応づける」か,もしくは「パラグラフの範囲を提示する」かが議論になった。そして,「ログ本文に小見出しをつけるべきか」が議論になった。

 結局,ログは会話の記録であるためもともと構造化されておらず,できるだけ生のまま残す方がよいと考え,ログには小見出しを入れなくてもよい(すでに小見出しが挿入されているものについてはそのままでもよい)とした。これは,キーコンセプトをそれぞれのログ毎に用意することにより目次としての役割を果たさせることで小見出しを挿入する必要はないと考えたからである。また,キーコンセプトの複数パラグラフへの対応を示すのには,範囲指定をする(範囲を文字で示し,リンク先は先頭のパラグラフ)こととした。

 参考文献

D.2 報告書の制作:技術編

 ここでは,報告書の制作における入稿時の技術的側面について述べる。

(1)電子入稿向きでない執筆要領

 この委員会では,原稿収集は電子メールによって行なった。「電子入稿向きの執筆要領」をあらかじめ決めて担当の委員に徹底した結果,原稿データはかなり正規化され,編集作業は容易であった。

 では,「電子入稿向きの執筆要領」を定めないと,どのような問題を生じるのか。他の委員会の例で見てみよう。ちなみに,その委員会における電子原稿の執筆要領は,従来から電子協で採用している執筆要領を基本とし,使用するワープロソフトの種類をあるメーカー製品に統一しただけである。

半角の仮名文字
原稿データには,半角の仮名文字がかなりの頻度で混入しており,その使用には個人差がある。半角の仮名文字は,印刷の観点からは排除すべき文字である。文字幅は文字種で決めることではなく,字詰めや長体という変形の操作で調整すべきことである。原稿データに半角の仮名文字を混入させるのは,行に納めたいという動機だけでなく,執筆者の好みも反映されているようだ。ワープロソフトを用いることによって,画面でのレイアウトにこだわってしまうことも影響しているかもしれない。半角の仮名文字を全角化する処理は自動化が可能なので,編集上は余り問題にはならないだろう。ワープロソフトの入力機能において使用禁止の選択指定が必要と思われる。
全角の英数字
原稿データには,全角の英数字がかなりの頻度で混入しており,その使用には個人差がある。これは半角仮名文字と同じような傾向がある。全角の英数字はその英単語を強調したいために用いているようであるが,これも印刷の観点からは排除すべき文字である。文字の強調は文字種で決めることではなく,書体や体裁で指定すべきことである。これもワープロソフトでのレイアウトにこだわった結果であると思われる。半角の仮名文字の場合と同様に,全角の英数字を半角化する処理は自動化が可能なので,編集上は余り問題にはならないだろう。これもまた,ワープロソフトの入力機能において使用禁止の選択指定が必要と思われる。
句読点
原稿データに現われる句読点の種類には,明らかに個人差がある。「、」と「。」か「,」と「。」に大別されるが,中には「,」と「.」もある。これらの統一化する処理は自動化が可能なので,編集上は余り問題にはならないだろう。しかし,「,」と「.」が句読点として現われることもある。とりわけ,英単語が連続している文章で「,」のつもりで「,」を入力している場合が多いようである。これは入力時に半角と全角の切り替えを間違えたためであろう。ワープロソフトの入力機能の一層の強化が望まれる。
英文の空白
英単語の前後に半角の空白を追加している原稿データが見受けられる。これには個人差がある。英文(英単語の並び)の前後の間隔は,文字幅の調整と同様に,字詰めの操作で調整すべきことである。これもワープロソフトでのレイアウトにこだわった結果であると思われる。また,英単語の並びを途中で区切る空白の個数も1個とは限らない。こうした英文における余分な空白を除去する処理は自動化が可能なので,編集上は余り問題にはならないだろう。
外字
原稿データにおける外字(標準外字)の使用は少ないが,標準字における約物(記号類)の不足から使用されている。とくに箇条書を表わす際に用いられている「◯で囲んだ数字」などは章節番号の付け方に関わることなので「執筆要領」次第で回避できるだろう。
字下げ
「執筆要領」に定めなくても,原稿データにおいて「段落」を一字分字下げする場合は多いが,字下げの表わし方は,全角の空白1個,半角の空白2個,タブ1個など一定していない。これはワープロソフトでの表示や印刷では気が付かないせいである。何らかの字下げがされていれば,段落を認識する処理は自動化できるが,そうでない場合は,編集者の目に頼ることになる。編集作業を効率よく進める上で,字下げは必須事項にすべきであろう。
電子メールの余分な改行
原稿データが少量の場合は,メールの文としてプレーンテキストで入稿されることが多い。大半のメーラーは「長い文」を適当な字数ごとに分けて改行を強制挿入してしまう。そうした「余分な改行」を自動的に除去することは簡単ではない。やはり編集者の目に頼ることになる。これを避けるには,何らかのエンコーディングを施してから送るべきである。
画像
原稿としての画像データには,印刷上の問題が多い。この報告書のような少部数の印刷では,ダイレクト製版と呼ぶ方法がとられるので,その版下の解像度は300dpi以上を要求される。文字は版下出力機の性能次第であるが,写真や線画などの図は元の画像データの質で決まってしまう。大半の執筆者が図を制作しているようだが,ディスプレイの解像度(72dpi程度)に合わせているために,こうした条件を満たしていない。また,カラーを使った図については,大半の報告書はモノクロームなので,グレー階調でも十分な表現となるのか,執筆者が責任をもって変換し確認すべきである。
表が画像データとして制作されている場合がある。そうした場合,表中の書体を本文の書体と合わせることは編集側ではできないので,表はテキストで表わすべきである。
HTMLデータ
原稿データがHTMLデータで表わされている場合がある。執筆者が直接マーク付けした場合は問題ないが,ワープロソフトに付属したHTML出力支援機能を使った結果には問題が多い。余分なタグが混入していたり,構造を表わすべきタグが体裁を表わすタグであったりする。そのようなタグは,自動処理の妨げとなり,HTMLデータとしては役に立たない。そうしたワープロソフトの機能を過信してはならないだろう。

 このように「電子入稿向きの執筆要領」を定めないと,編集処理で悩まされ,作業効率を下げることになる。したがって,前述の問題点を執筆者によく認識してもらうことが肝心である。この程度の「制約」であれば執筆の負担にはならないと思われる。

(2)報告書の構造

 この委員会では,現在の「電子協の報告書執筆要領」における文書構造の表わし方については問題があることを指摘してきたが,まだ解決に至っていない。その要領では,見出しの章節番号は章・節・項の3レベルまでで,それ以下のレベルは,(1),(2),...,(a),(b),...などを使用した項番号をふることになっている。この基準では,例えば,ある見出しの項番号が(1)の場合に,その中の箇条書きの項番号が(1)になることがある。報告書の内容が従来に増して詳細化されていることを考慮すると,章節番号はさらに5レベル程度まで下げる必要があると思われる。

 文書構造の表わし方については,見出しの章節番号や項番号以外に,脚注,ルビ,割注についても決める必要がある。ワープロ文書による入稿が増えているが,執筆者が十分なスタイル定義をしていないものが多く,ワープロ文書のレイアウト情報から文書構造を抽出することは困難である。したがって,ワープロソフトの使用を前提とした「報告書執筆要領」では,スタイル定義を厳密に規定すべきだろう。また,エディタの使用を前提とした「報告書執筆要領」では,データタグを厳密に規定すべきだろう。ここを曖昧にすると,「電子入稿向きでない執筆要領」の場合と同様に,編集処理で悩まされ,作業効率を下げることになる。

(3)ウェブの報告書

 現在,電子協ではインターネットのウェブによる報告書の公開が始まっているが,「紙の報告書」をそのまま電子化しただけの表示形態は見直すべき時期にきていると思う。「ウェブの報告書」では,目次をどのように持つのか,前述の章節番号をそのまま使うのか,あるページをダウンロードされた場合に一つの文書としての一貫性はどのように保つのかが問題となろう。ウェブの普及を考えると,そうしたことへの指針を早急に決める必要がある。

 この委員会の「ウェブの報告書」としては,木構造に細分化したページから構成する報告書(HTML型),すべてのページを含む報告書(HTML型とPDF型)の三通りを提供する。これらの報告書における目次から本文への内部的なリンクはいずれも同じである。読み手は必要に応じてそれらを選択できるようにした。

 今後は「文書の電子化」を単なるワープロ文書化,電子メール化の段階に止まることなく,さらに一歩踏み込んでいかなければならないだろう。現状では,文書処理の効率化やワンソース・マルチユースの観点から,最初からその目的に合わせた情報の持ち方やワークフローを考えておくプレパーパシング(prepurposing)を意識していきたいものである。


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