第4章 双方向性文書への視座を踏まえて


4.1 情報の流れの中での文書

 情報に対する扱いには,単純化して考えると次の四つの過程がある[図4-1参照]。

生成
それまでは知覚されなかった事柄が人の頭の中に生まれ表現される。
伝達
受け手に理解できる形で表現され,伝えられる。
処理
表現形式の整理,本質・非本質の分離,特定の目的にあう形への変形などの加工が行なわれる。付加価値を付けられることも多い。
蓄積
整理された形で保存される。

図4-1 情報の流れ

 蓄積はもちろん時間あるいは空間を超えて参照され再利用されるために行なわれるものであり,第5の過程「参照・再利用」をここに加えることもできる。

 一つの情報が形を変え時には内容も変化させながら各過程を通過していくが,その流れの中で情報を表現する手段として文書が存在する。このような役割を担うものとして文書を捉え,更に詳細に検討していくことにする。

4.2 文書の役割分類

 文書には様々な形態のものが存在する。人はある目的のためにメッセージを伝えるが,昔から我々はそれを紙にしるし,伝え,残してきた。それが文書といわれている。現代では紙の文書に変わって,電子ファイルがその役割を果たしはじめている。

 電子化文書を考える場合,ただ単に今まで使われてきた紙文書が電子文書にとってかわったというだけでは不十分である。情報伝達手段が電子化されたがゆえに,文書という形態を取らない新しい方法をとることもある。双方向文書を考えるまえに,既存の文書という概念にはとらわれず情報を伝達することを目的とする行為として「電子化文書」の目的を分析してみる。まずは様々な角度から文書を分類してみることにより文書のもつ性質から文書のもつ双方向性を見極めることができる。

4.2.1 1対1,1対多,多対1,多対多

 まずメッセージを伝える相手に着目して分類してみる。どのような相手にメッセージを伝えるかにより次の四通りに分類される。

(1) 1対1

 通常のメッセージのやりとりの基本とされる。特定の個人が,別の特定の個人に向けて伝えたいことを記述してメッセージを伝えることである。

 例として古くは書簡,手紙など。電子的な世界ではでは電子メールがこれに相当する。メッセージの内容は報告,お礼,依頼,警告など様々。メッセージ自体も,文字であったり,絵であったり,物であったり形態は様々なものが考えられる。

(2) 1対多

 一人の意見,情報を多くの人に伝達する場合などに利用される。

 例として選挙広報や,広報を目的とする刊行物,ポスターなどがこれに相当する。電子的な世界では,リプライを含まない単発の電子ニュースなどが相当する。また,電子ニュースでは,***.announceというニュースグループがある。このニュースグループでは,関連ニュースグループのシステムに関するメンテナンス情報,ユーザへの連絡事項が記述され広報的な内容が伝えられる。少し目先を変えると,本,絵画,芸術物,音楽などの展示,演奏もこれに相当する。一人の芸術家のメッセージを多数の人間に伝えるためのメッセージが文書で書かれたものが本であるが,絵や音で伝えられるのが絵画,音楽となる。

(3) 多対1

 多数の人から一人(一つの宛先)に対してメッセージが送られる場合などである。

 アンケートに対する回答をもらう時や,懸賞への応募,TVやラジオのリクエスト番組などがこれに相当する。メッセージの内容は決まった目的があるため,簡潔であったり,あるいは書式が決まっていることも多い。普通はこの前段階として,(2)の1対多の伝達が行われて,情報を募集が行われているのが一般的である。

(4) 多対多

 多数の人が多数の人に向かってメッセージを伝達する場合である。

 例として,討論会,メーリングリスト,電子ニュースにおける議論などがこれに相当する。それぞれ,瞬間では個人が個人のメッセージを発信しているに過ぎないが,伝えられる相手が大勢いて,議論が続けられることが前提となっている。また,別の意味での多対多として新聞などがあげられる。ここでいう多対多とは,複数の人間(メッセージ)の集合体が一つの媒体として複数の人間,場所に向かって配布されるということである。

4.2.2 一過性,連続性,恒久的(保存)

 利用されるメッセージの使われ方に着目して分類すると以下の3種類に分類される。

(1) 一過的

 注意を促す情報,メッセージなどを示す。または,個人的な意見,メッセージなどまとめられていない状態のもの。前記の注意情報は,それにより,何らかの行動をおこすことによりメッセージの目的は達成され,そのメッセージは捨てられる。後記のまだまとめられていない状態の情報は過渡的なものであり,そのメッセージを包含するより大きな情報としてまとめられた段階で引き継がれ,不要となるため捨てられる。

 例としては伝言メモ,覚え書き,大部分は読み捨てる内容の新聞などがこれに相当する。

(2) 連続的

 連続的にメッセージをつなげて初めて意味のあるものを示す。

 例としては,メーリングリストによる議論,電子ニュースでのQ&Aなどがこれに相当する。メーリングリストによる議論では,一つ一つの議論だけとってみても意味のないことが多く,連鎖的,対話的にメッセージのやりとりがあって初めて意味のある情報となることがある。また,改訂部分だけを示した改訂文書,雑誌の連載もの,週間マンガといったようなものもある。これらも,単体では目的とする情報のすべてが伝えられないことが多い。

(3) 恒久的

 保存して閲覧されるべき重要な,または,変更の少ないメッセージを意味する。

 例としては,保存版FAQ集,日本国憲法,六法全書,論文,特許広報などがこれに相当する。保存版FAQ集などは,定期的に電子ニュースで流されたりする電子的な文書であるが,他の日本国憲法,六法全書などは,本として印刷され,ほとんど改訂の加えられることのない文書として保管される。

4.2.3 公的,私的

 メッセージの内容に着目して私的な内容と,公の内容とで分類してみる。

(1) 公的

 公的機関で扱う文書あるいは,広報などを考える。一般的にいわれている公文書を意味する。

 例として,政府広報,白書のような一般開示する公文書と,戸籍,住民表のような個人情報を含む公文書がある。また,企業などにおける報告書,提案書などの社内文書も公的な文書と位置づけることができる。また,企業に関連する文書として業績報告,収支決算,要求仕様書,請求書,領収書など企業から発信される情報,企業間のやりとりのために必要とされる文書などが存在する。

(2) 私的

 公文書に対して,私文書である。通常は個人が日常的に作成するメッセージである。

 一時的なメモ,他人への伝言,お礼,お祝いなど「4.2.1」で述べた1対1の手紙形式の文書であることが多い。公的文書に対して,私的な文書であるので,あくまでも個人間でやりとりするのが基本である。または閉じられたグループの間(メーリングリスト)でのチャット(雑談)的なメッセージの交換などがある。

4.2.4 ローカル,グループ,グローバル

 メッセージの伝達する,物理的な範囲に着目して,分類してみる。

(1) ローカル

 自分自身あるいは,特定のごく限られたメンバの中でのローカルな文書を考える。

 例として,個人のスケジュール帳,改訂中,作業中の文書などである。通常他人(ローカル以外)には見せない段階であるか,見せないのを目的として作成されているものなどである。

(2) グループ

 グループ内でやりとりされる文書,またはグループ内での情報交換によって作成される文書を考える。グループとは2〜3人の仲良しグループといった小規模なものから,一つの企業単位でのグループといったものまで,様々なグループを考えることができる。ここで,作成される文書はあくまでもグループの中で流通されることを前提に作成されており,グループ外秘とされるものが多い。

 例として,交換日記,社内規則書のようなものが考えられる。

(3) グローバル

 ローカル,グループに対して特に制限をもうけていないものをグローバルと考える。グローバルでは,現在のインターネット上の文書がそれに相当し,世界中のあちこちからアクセスされたり,配布されたりするものである。また,配布されることを前提に作成された文書である。

 例としては,WWWのホームページなどが考えられる。

4.3 従来文書と電子化文書の比較

 紙は,情報を伝達,蓄積する手段として,五千年も前から使われている。その間(といってもここ100年ほどであるが),電話,TVなどの新しいメディアが出現したが,紙はなくなっていない。紙が生き残ってきた理由としては,簡単に情報を作成でき,そのまま保存でき,可搬性,情報の一覧性に優れ,扱うのに特に難しい技術を必要としない,などが考えられる。

 紙は,物理的な媒体への依存度が高く,アナログ的であるという特徴を持つ。これに対し,物理的な媒体への依存度が低く,デジタル化されたデータ(文字,画像,音声をコード化したもの)による表現を特徴とし,ディスプレーなどで表示されるものを,電子化文書と呼ぶ。電子化文書は,紙にとってかわり得るメディアではないか,とも言われている。本節では,従来の紙ベースの文書と電子化文書の特徴を述べあらためて,その基本的な性質の違いを整理してみる。

 まず,二つの文書の特徴を,情報の流れに沿って整理してみよう。情報が扱われる主な場面を整理すると,次のように大別されるであろう。

  作成・閲覧,複製,伝達,保存,検索,編集・再利用,変更

 次にこれらの場面での,二つの文書の特徴を整理してみる。

作成・閲覧
紙とペンがあれば,だれでも文書は作成できる。特に,ちょっとしたメモには紙に代わるものはないであろう。また,一覧性がよい,大きさを自由に選ぶことができる,などの柔軟さがある。電子化文書は,パーソナルコンピュータなどの作成環境が必要である。これは着実に手に入りやすくなっているとはいえ,紙とは比較にならない。また,表示する場合はディスプレーの大きさに制限される。
複製
紙の場合,量的に限られた範囲ならば,複製を作り配布できる。しかし,新聞のように大量の配布を行うには印刷技術にたよる必要があり,資金力のない個人では困難である。電子化文書の場合,電子的な複製は簡単で,劣化もしない。
伝達
紙を使って情報交換する場合,紙そのものを移動させる必要がある。情報の伝達速度は,車などの輸送の速さに依存してしまう。電子化文書はCD-ROMのような物理的な媒体によって配布する場合は紙と同じだが,電気信号による場合は,遠隔地に光の速度で伝達することが可能である。
保存
紙は,作成したときの媒体をそのまま保存できるというメリットがあるが,保存するために物理的な空間を必要とする。空間的には,電子化文書は紙に比べて保存のコストが低いと言える。(CD-ROMは日本語で約三億文字の容量)
検索
紙ベースの文書の検索は人手によるため,スピードが遅い。また検索しやすいように目次や索引が必要で,これを作るのに労力がかかる。電子化文書は,文字コードを指定すれば高速に検索できる。また全文書の文字コードをスキャンすれば,目次や索引にないものも検索できる。
編集・再利用
紙の文書でデータを編集・再利用するには,手で書き移す必要がある。電子化文書は,編集時にある特定の部分だけ切り出して再利用するのが得意である。ただし,文字コードや,データ保存形式が統一されているか,変換可能でなければならない。
変更
紙の文書の場合,文書の変更,およびそのときに起きるページずれ,差し替えの管理に手間がかかる。電子化文書は,変更によるずれに高速に対処でき,差分履歴の管理の自動化も可能である。

 以上から,各場面で二つの文書を扱うときのコストの,相対的な比較を,表にまとめる[表4-1参照]。

 紙の文書は,作成閲覧は非常に簡便である。しかし,他の場面では電子化文書の方がコストが低いと言える。これは紙の文書が,物理的な紙という媒体に縛られているため,操作・加工が困難であるのに対し,電子化文書は,文字コードからなり,かつ物理的な媒体にあまり依存しないため,操作・加工が比較的容易であるためである。

 その他の例を挙げると,FAXは,文字コードを扱わないという点で,遠隔地への伝達を強力にした紙という位置づけになる。現在は改善されつつあるが,ひと昔前のワープロは,電子化文書を指向しながら文書の保存形態として独自フォーマットを使うため,異種環境での伝達・編集再利用では,紙を媒介するしかなかった。フォーマットの非互換性は,電子化文書において今後も問題になるだろう。

 このような過渡的な状態が改善されながら,紙を媒介する必要のないものは電子化文書に移行していくと思われるが,紙文書と電子化文書はそれぞれの特徴を生かした使い分けがされていくだろう。

表4-1 紙文書・電子化文書を扱うコストの相対的な比較

  作 成
・閲 覧
複 製 伝 達 保 存 検 索 編 集
・再利用
変 更
紙文書 × × × × × ×
電子化文書
FAX環境 × × × × ×
ワープロ環境 ×

4.4 従来型文書からハイパメディア文書へ,そして...

 「4.1」で情報(従ってそれを表現する文書)に対する四〜五つの過程を見たが,この流れは一方向ではない。

伝達された情報の受け手から送り手への(コメント付きの)返事・情報生成時,処理時における蓄積情報の参照,再利用・時間の経過や環境の変化に応じての改版などでは,多くのフィードバックがあり得る。このフィードバックによって,情報は一層拡大・洗練され価値を高めていく。
文書は単に情報を表現する役割にとどまるだけでなく,フィードバックも含めた情報の流れが円滑に進められるように,支援できるようになっていることが望まれる。(ここではマルチメディア文書を考える。従って,例えばTV番組も音声と画像というメディアを用いた一つの文書である。)

 以下では,文書の果たす役割の中で最も生産的と思われそのために困難でもある人間的活動としての

を主な対象として,文書の役割と望ましい性質について考えてみよう。

 従来型文書は,その扱いが紙ベース文書と変わらない場合の文書である。現在普及しているワードプロセッサによって作成された文書は一見電子化文書のように思えるが,それは違う。フロッピーディスクやプリントアウトしたものを輸送したり,参照文書に対するリンクがないなど,従来の紙の文書とあまり違いがないことがわかる。

 この種の従来型文書には,

などの問題点があることを「4.3 従来文書と電子化文書の比較」で述べた。

 情報がフィードバックによって拡大,洗練されていくと考えると,そのためには個人のコミュニケーションの拡大円滑が必要不可欠である。しかし上で示したような問題から,従来の文書はそのような枠組みを提供するには効率が悪いと言える。

 コミュニケーションを活発にするには,個人が時間的自由度(いつでも),空間的自由度(どこでも)を保ちつつ,求める情報の取得,整理,交換ができなければならない。このような世界は,情報を蓄積し,高速なネットワークで伝達し,共有することができる基盤の上に成立するものである。その上で流通し共有される文書を,ハイパメディア文書と呼ぶことにする[図4-2参照]。ハイパメディア文書とその基盤は,次のような特徴を持つであろう。

文書はネットワークワイドに分散している利用者からアクセス可能である。文書は物理的な格納場所によらず,いつどこからでも参照,共有することができる,一つのオブジェクトとして存在する。
文書を変更した場合,元の文書と変更後の文書は,一つの時間軸上の別のオブジェクトとして存在し,それらを区別して参照することが可能である。
文書はデータベースの存在を前提しており,文書が生成されるときがすなわちデータベースに登録されるときである。
文書中での他の文書の参照は,ネットワーク経由のハイパーリンクを介してできる。ハイパーリンク網でリンクされた文書群を仮想的な一つの文書として扱うことができる。参照では,参照先文書の時間軸上の個々のオブジェクトを指定することができる。
文書に対するコメントが元の文書に対して変更を加えずに可能である。コメントは元の文書からハイパーリンクによって参照される文書で,それ自身も一つの独立したオブジェクトである。
メールのように,読み手が受動的に情報を得る枠組みと,ニュースのように,読み手が能動的に情報を得る枠組みを提供する。

図4-2 ハイパメディア文書

 ハイパメディア文書の特徴を発展させると,文書自身に活性を持たせることが考えられる[図4-3参照]。文書の受け手は文書に対して,例えば,「より詳細な情報がほしい」,「現時点での情報がほしい」,「送り手に返事を出したい」等の種々の要求を持つことになろう。これらの要求に対して何をすべきかは文書が知っており,すなわちそのための手順を文書が持っており,要求にふさわしい動作を起こす。WWWにおけるCGI機能やJAVAをその例として挙げることができよう。

図4-3 活性を持つ文書

 この機能を持つ文書では,受け手の要求を適確に予測しそのためのactionを予め文書中に組み込んでおくことによって,受け手と文書との対話性は増すことが可能となる。また,受け手から送り手への情報フィードバックも容易になる。多くの文書では,情報提供者と受益者との関係のように,その作成者/送り手とその利用者/受け手との間に差異のあることを想定しており,そのような状況に適した方式であると言えよう。

 一方,先に述べた議論による情報生成・洗練化・合意形成を目的とする場合には,送り手と受け手の間に大きな差異を想定することはふさわしくない。このような場合にも適するモデルを考えてみよう。

 ここでの文書も活性を持つが,その活性は送り手が与えたものではなく,文書が(その型の文書として)本来持っている性質として与えられたものである(ある利用者が活性内容を変更することは可能である)。そもそも送り手と受け手の区別も難しい。

 文書の利用者は文書に対してアクセスし改変を行なえば他の利用者に知らされる。改変の履歴保存や改変時の連絡先などは文書自身が知っている。すなわち,文書自身が動的に情報を得て整理し報告することが可能であり,膨大な情報の整理,検索の補助を行う[図4-4参照]。(それ自身の中に活性を持った文書はオブジェクトと呼ぶのにふさわしいが,さらに自律的な動きをするものはエージェントと呼ぶことができるであろう。)

図4-4 双方向性文書

 これまでは特定の目的に絞って考えてきたが,「4.2」で述べたように種々の観点から文書の役割や使われ方を分類できる。この種の文書は,一方向(新聞,TV)で発信される情報を洗練されたものにするために使われるべきものとの考え方も成り立つように,それぞれの特殊化された状況での情報の流れを円滑化する文書のあり方についてより詳細に検討する必要がある。

 以上おおざっぱにではあるが,議論,合意形成に適した(しかし汎用性の高い)文書のあり方(これを双方向性文書と呼ぶ)について述べてみた。技術的には図4-3のようなactive documentの考え方の応用で可能と思われるが,双方向に情報交換できる文書があることとそれが機能することとは別問題であるため,多くの問題を克服しなければならないと思われる。(なお,双方向の電話を一方向の放送に使うのは技術的に可能であることに注意しておきたい。)

 インターネットの普及によって,電子メール,ニュース,WWWなどで個人が世界に向けて情報発信できる時代がきた。ハイパーメディア文書は,インターネットのような世界規模のネットワーク上で様々な情報発信に使われるだろう。社会を均質にする道具であった従来のマスメディアに対して,情報を得る側が能動的になり得るメディアが出現し始めたことによって,個性的なコミュニティがネットワーク上に広がっていくことになるだろう。従来の,状況報告的な浅い議論や,センセーショナリズム,コマーシャリズムに走りがちだったメディアに対して,ある分野に精通した人が,発信したい情報を発信できるという点で,従来にない展開ができる可能性がある。

 しかしハイパーメディア文書更には双方向文書のようなインフラがあったとしても,社会にそれを生かすしくみがなければ無駄と言えよう。おそらく次のようなしくみ作りや問題解決を,技術面および社会面の両面から行っていく必要があるだろう。

 このような問題を解決することで,我々社会全体としてメリットがあるように様々な情報を流通させることができる筈である。

 計算機とネットワークの急速な普及と利用者の増加によって,文書に対する考え方が大きく変わろうとしている。これまでに述べてきた観点は近未来の文書のあり方に対する一つの重要な切り口ではないかと考える。

4.5 双方向性文書へ向けての現状の一つのツール

 現在まで,双方向性文書に関する考察を行ってきたが,紙に出力することを目的とした既存のツールでは,双方向性文書を扱うのには流用性,伝達方法が電子的な手段に比べて明らかに不便である。ここでは,双方向性文書を実現できる新しいツール,特に電子化された文書を扱えるツールを中心に考察してみる。現状では,ツールの量,質ともまだ不十分であるが,最近の動向として開発されている新しいツールは文書に限定されていないが,双方向性を意識しているツールが多い。

4.5.1 電子メディアツール

(1) 電子メール,電子ニュース

 電子メディアの中で,Internetなどでもっとも古くから活用されているものがこの電子メール,電子ニュースツールである。これらのツールの利用による情報交換の例は,「4.2」の文書の役割分類でも分類されて双方向性文書を扱うのに重要な役割を果たしている。

 電子メールでは1対1の間のメッセージのやりとりだけでなく,メーリングリストといったように特定のメンバーの間でのメッセージのやりとりとして利用されている。また,電子メールではtar,compress,uuencode,gzipなどを使ってソフトウェアやデータを圧縮して効率的に利用者の間で交換することも行われている。最近ではMIMEの普及により,より簡易なインタフェースでこのようなデータ交換が行えるようになってきている。

 電子ニュースは,特定の目的別にニュースグループというカテゴリに分類され,その中で番号付けされたメッセージを掲示板のような形で蓄積していくことによって一度に大勢の人が同時にメッセージ(記事)の投稿,購読ができるシステムである。この電子ニュースでも単なるメッセージのやりとりだけではなく,ソフトウェアやデータを電子メールと同様な形式で交換されている。

(2) WWW,Java,VRML

 最近話題となっているツールとしてwww,java,vrmlなどがある。wwwのホームページに関しては「4.2」の双方向性文書の分類で例としてあげている。

 wwwで使われているHTMLはHTMLはプロトコルで見ると,クライアントからGetしたいファイルを指定してそれをファイル転送して終わる一回ぽっきりの双方向プロトコルといえるが,情報の発信側と,受信側という観点でみると,発信(サーバ)と受信(ブラウザ)とはほとんど固定となっていて変わらない。それゆえに,WWWは情報をブロードキャストする片方向性文書(ツール)といえる。ただし,HTMLではリンク情報などをうめこむことができるためWWWを使う利用者は一度きりのアクセスにとどまらず,次から次へとページをめくるように情報を渡り歩くことができる。また,変更された文書がその場で更新され有効になるという点でも双方向性文書にとって必要な機能を持ちつつある。VRMLについては,HTMLを三次元化することでより多くの情報を扱っているが,状態はHTMLと同じである。

 WWWにおけるHTMLの双方性をさらに拡張したのがJavaといえる。Javaでは,利用者のリクエストに応じてAppletをダウンロードし,必要に応じてサーバとの通信を行う双方向通信を行うプロトコルになっている。よって,サーバとダイナミックにやりとりを行い,サーバ情報も必要に応じて編集することもできる双方向の通信を実現できる。これを使えばHTMLでは限界であった本当の双方向通信およびその上での双方向性文書の取り扱いが可能となるかもしれない。新しいツールであるがゆえに利用に関してはまだまだ問題があるが,これら新しいツールの利用方式はこれからまだまだ確立され問題は解決されていくものと思われる。

(3) グループウェア

 企業やグループにおける双方向性文書を扱うことのできるツールとしてもっとも普及しているのがグループウェアツールである。一口にグループウェアツールといっても単純にメールやスケジュール管理しかできない物から,協調作業により双方向文書を扱い,企業の業務をまるごと実現できる物までさまざまである。

 次の節では,グループウェアツールの中でも古くから利用実績もあり,多くの機能を持っているLotus Notesに着目し機能を分類してみる。

4.5.2 グループウェア

 ここではグループウェアツールの機能をまとめてみることによって双方向性文書を扱うのに必要な機能を考察してみる。

(1) グループウェアの基本ルール

 グループウェアツールはグループ内の全メンバーが利用できるように設計されている必要がある。個人ツールのネットワーク版といったものではなく,各個人のツールが必要に応じて巧みに連携して目的を達成してこそ初めてグループウェアツールと呼べる。

 双方向性文書を扱うのにも文書を連続的に扱うことができ,どの利用者も同じレベルでツールを扱えることが望ましい。

(2) グループウェアの評価基準

 グループウェアの評価基準として,構成メンバーの個々の生産性を損なうことなく,グループ全体の生産性を高めることができ,個人の作業環境や,プラットフォーム等の制約を受けずに利用できることがよいとされている。電子メール,電子ニュース,WWWのツールなどは,プラットフォームに依存することなく,さまざまな利用者が使えるために広く利用されている。双方向性文書ツールとしても,このような条件をクリアすることが必要である。

(3) 仕事のカテゴリ

 個人が情報とどのような関わり方をするかによって情報は次のステップを踏み,それを扱う人,レベル,グループのあり方が変わっていく。

創作
書物などを共著する時,アプリケーションの共同開発,グループによる文書の共同作成とレビューを行う場合など。
コミュニケーション
メモ,直接または間接的な会話,会議など。電子メールによる情報交換や電子ニュースによる会議もこれに入る。
成果物やコミュニケーションの共有
コピーの回覧,掲示板への情報提供,プレゼンテーション,出版物等。多くは共有データベースの形で,グループ内の資産として蓄積される。
情報の発信や交換による状況の追跡
表計算プログラムやプロジェクト管理ツールなどの技術的なものから,手帳や貼り紙といった紙ベースのものまで,さまざまな手段による状況の追跡。企業内グループ,組織などの場合,プロジェクト,およびグループの管理者が各個人のワークの状況を追跡する。または,稟議文書のようなものは情報の発信者が正確に稟議されているかを最後まで確認することもある。
情報にしたがった行動
グループ内で交換され,蓄積された情報が必要なときに取り出され,その情報にしたがって行動を伴う。このように,いつでも使えるような状態になっていないもの,また最後まで使われないものは「情報」とはいえず,単なる「蓄積されたデータ」だけで終わってしまう。「情報」はいつでも利用可能な状態であり,それに基づいて行動ができる形となっていてはじめて価値のある「情報」とされる。

(4) グループウェアのタイプ

 グループウェアのタイプを分類してみると以下のものに分類される。ツールとしては,目的に応じて,複数のタイプを併せ持つものがよい。逆に単独のタイプだけからなるグループウェアツールはあまり存在しない。ほとんどのグループウェアツールが一つまたは二つのタイプを特徴にもち,その他のタイプの機能をひととおりそろえているものが多い。

共用情報交換タイプ
電子会議室で行われているような,即時に同じ情報を元に議論しあえる。
分散情報交換タイプ
テレビ会議で行われているような,即時に各々の持っている情報を交換しあえる。
情報共有と共同合意形成タイプ
常に情報の共有を行い,その場で合意形成が行えるような環境。
情報伝達タイプ
電子メールで行われているような情報交換を主体とするやりとり。
業務手続き自動化タイプ
ワークフローで行われているような,通常の業務の処理を自動化するもの。

(5) グループウェアの背景と目的

 グループウェアではフラットな組織を可能にする情報システムを目指している。情報という観点から次の三つの作業を行うことがグループウェアの目的といえる。グループウェアでは単なる業務をプロセスへ分解し,それを電子化し,自動化をはかることのみによって効率アップを達成するのではなく,業務自体を再検討し情報を中心にして,再構築することによって,真の効率アップがはかれる。

 情報の同期化 = 業務プロセスへの同期

 情報の共有化 = コミュニケーションの高速化,高信頼性化

 情報の統合化 = 機能別からプロセスに沿ったシステムへ

(6) 文書を介した共同作業

 文書を介した共同作業に必要な処理プロセスを示す。

(7) アプリケーション構築例

 以下はこの「4.5.2」でまとめてきたグループウェアの機能を使って適用できる業務のサンプルである。

 グループウェアにおけるサンプルはグループウェア(協調作業)というより文書データベースの使い方に近いものがある。アクティブドキュメント,双方向性文書といっても,電子メール,電子ニュースで行われているような雑談で終わらないためには文書管理データベースのようなものが少なからず必要となってくる。双方向性文書を考えるための基礎技術(インフラ)は幅広いものを考えなければならない。が,どの機能に重点をおけばよいか,どのようなツールがあれば必要十分かはまだまだ調査検討の余地があり,今後の課題といえよう。

(c)1995 JEIDA