第1章 はじめに

 本専門委員会は,昨年度までのODA専門委員会の活動を踏まえ,電子化文書全般の動向につき,より広い視野で現状を調査把握すると同時に,会員各社が将来の電子化文書の動向に係わる意志決定する際の指針となることを目標として,本年度からスタートした。

 この委員会の特徴もしくは狙いを一言でまとめれば,「規格の社会学」を目指すところにある。電子化文書関連に限らず,規格は貨幣と同様「悪貨は良貨を駆逐する」という原則が成り立ち,必ずしも,内部的に優れた規格が,世間一般に受容されるとは言えず,むしろ,経済的,政治的なさまざまな外部要因から,その受容が決定される場合が多い。

 そのような外部要因を,事前に検討し,ある規格の受容を予測することは,残念ながら不可能に近いが,過去の事例を振り返り,その経験を踏まえて,ある規格に係わる外部要因を列挙検討し,意志決定の参考に資することは可能だと思われる。

 言葉を換えて言うなら,参加各委員が「受容されそうな規格と受容されそうでない規格とにつき,ある種の目利きというか判断能力を持つ」ことに目標を置く,ということも出来よう。本報告書は,そのような観点からして,結果を具申することを目的とはしていない。むしろ,委員会審議の過程で,参加各委員がどのような問題に対し,どのような感想を持ち,どのような議論をしたかを記録することに,力点が置かれている。この記録に含まれるさまざまな論拠の集積が,今後,具体的な場面での意志決定に,微力なりといえども資することがあれば,委員会参加委員一同としても,喜びに堪えない。

 本委員会の報告は,本委員会の対象が電子化文書である点,また,方法論が結果を羅列する従前の報告書の形態に必ずしもなじまない点,そして何よりも,協会事務当局よりの強い要請と督励により,新たな試みとして,電子化文書それ自体を,正規の報告書として提出し,紙に印刷した報告書を,その付属物として位置づけることとした。

 具体的には,本委員会でも本年度議論の柱の一つであった,HTMLの形式を採用し,電子的な議事録にリンクを張ることにより体系化するという試みを行っている。具体的方法に関しては,報告書本文中に特に一章を設けて詳説するが,報告書の形式自体が電子化文書の将来動向に対する積極的な提言となり得たのではないかとの,強い自負を持つ次第である。同時に,この報告書を目にされる方々の忌憚ないご意見を頂戴できることを,願っている。

 本委員会では,上記のような方針から,必ずしも網羅的な調査研究は行っていない。検討のための複数の座標軸ないしはキーワードを設定し,その対象となるある特定の具体例についての検討を行った。

 以下,簡単に,各章についての座標軸と対象例の設定につき,経緯を記す。

 第2章の「インターネットと電子化文書」は,本委員会の目的を非常に明確かつ直接的に,具体化している。

 設定した問題を端的に述べると,「現在,インターネット上で爆発的に普及しているHTMLは,公的にはISO規格でも何でもない。それはなぜか」ということになる。この問題設定を出発点とし,一方で,ネットワーク上で用いられている電子化文書関連の規格の横断的調査を行い,一方で,私企業が提案している複数の規格につき,その企業の戦略を中心に,ヒアリングを行った。

 この問題についての現象面での仮定は,以下のようなものである。

  「ネットワークの発展に伴い,公的規格の相対的弱体化が進み,個人ないしは私企業によるオープンマインディッドな提案とそれに対する草の根民主主義的な迅速な対応による規格受容の新たな様式が起こっているのではないか」

この予断に対する回答は,報告書本文から諸兄ご自身でお読み取りいただきたい。

 第3章の「電子化文書の業務への適用」に関しては,二つの座標軸を設定した。

 一点は,「文書そのものがスタティックなものなのではなく,業務一般の中で,機能的な役割を担い,業務の進捗と深く係わっている」という問題意識である。逆の言い方をすると,文書のライフサイクルを追うということは,とりもなおさず,業務の流れを追うことになるのではないか,という問題でもある。

 もう一点は,上記の問題設定に基づく議論の過程で,より明確になったことではあるが,業務の流れ=文書に対する観念が,日本と欧米の対比を初めとし,深く文化ないしは風土と係わっている,との問題意識である。余談ではあるが,この議論は,将来的な課題として,企業内における電子化文書の受容過程と文化風土性という,非常に大きな問題提起にもつながっていくことを痛感させられた。

 このような,観点から,本委員会では,ISO 9000番の認証過程と電子文書の係わりに具体的な問題設定を行い,同規格に対応した電子文書システムを構築販売している企業からのヒアリングを行った。念のために申し添えると,ISO 9000番は,あくまでも上記の問題を検討するためのケーススタディーとして,取り上げたのであり,その是非,問題点を議論の対象としたのではない。極端に言えば,議論すべき課題の抽出さえ出来れば,対象となるものは,何でも良かったのである。また,このヒアリングに応じてくださった,INSエンジニアリングの大野邦夫氏に深甚なる謝意を表すと共に,同氏がこのヒアリングを契機に,本委員会の委員として参画してくださったことを申し添えておく。

 第4章では,「文書の双方向性」というキーワードの設定を行った。

 これについての詳細は,キーワードの提言を行った真野委員の報告に譲るが,ネットワーク上での文書交換,文書の単位の設定,文書に係わる時間軸の設定など,今後検討しなければならない多くの課題を抽出できた点一つをとっても,非常に適切なキーワードであったと考えている。来年度以降の課題として,これらの課題についても,さらに検討を加えていきたいと考えている。

 付論では,前に述べたように,本報告書の制作過程を詳述している。いわば,楽屋落ちということになるが,本報告書の作成過程の記録が,とりもなおさず,電子化文書が持つさまざまな問題点を,明らかにする一助となると考えている。

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