企業活動と文書は,緊密な関係がある。仕事の企画・計画のためには企画書や計画書が要求されるし,仕事を仕上げれば報告書が作成される。これらは,口頭でなされる場合もあるが,大規模な仕事になればなるほど,文書ベースで仕事がなされる。従って企業組織に文書は付き物であり,組織が大きければ大きいほど,文書に依存する度合いは大きくなる。
文書量が多い場合,スペースの節約や電子化された検索ツールの適用が可能なことなどから電子化のメリットが大きい。具体的には文書データベースとして一元的に文書管理を行うことが望ましいのであるが,現在,日本の大企業において,企業全体のレベルで的確に運用されている例は極めて少ない。この章では以上の問題点を検討する。
3.1.2 ワークフローと稟議
組織における仕事の進め方には種々の形態があり得る。ルーチンワークの場合もあれば,新規の仕事の場合もある。後者の場合には,組織のトップがトップダウン式に指示して進める場合もあれば,担当者が企画し,上部組織の了解を得ながら進める場合もある。このように仕事が発生し,それが完了するまでをワークフローと言う。大組織の場合には,担当者が企画し,上部組織の了解を得ながら進める後者の場合が多く,これがいわゆる稟議である。稟議のようなワークフローを電子的にサポートするツールがグループウエアである。
最近,グループウエアについての議論は多いが,日本の大企業で具体的に導入され,運用されている例は少ない。その理由は,一つには日本の意思決定者がこのような電子化されたツールを使いこなせない点に求められるが,それ以外に,前項の「データベースによる一元的管理の不在」と同様な背景を持つと考えられる。
3.1.3 文書のライフサイクル
前項の背景の一つは,文書を私的なものでなく,公的なものとして一元的に管理するカルチャーに求められるであろう。すなわち,文書は,一般に作成され配布されるのであるが,正式なものであれば,記録として長期間にわたり保管される必要がある。そのような観点から,文書はライフサイクルとして公的に一元的に管理される必要がある。
この文書のライフサイクルの問題については,次節で独立に扱うこととする。
3.1.4 業務分析
企業には様々な文書がある。小は電話のメモから大はキングファイルに綴じられた大量文書まで様々な形式で存在している。以上のような幅広さは,文書を一元的に管理する方法と相いれない側面を持つ。その解決方法は,業務分析とそれに基づくワークフローの設定によって得られる。
電話のメモを電子化する人は希であろう。一方,頻繁に改変される文書を紙をベースで作成・改訂することは極めて煩雑であり,現在そのような手法で管理する場合は殆ど無いであろう。このように,紙と電子的な文書とは状況に応じて使い分けられる。その基本的な考え方は,文書の作成者の労力と,文書を受け取ったり参照する人の利益,必要な設備等とのトレードオフになるであろう。電話のメモの場合であれば,受け手は一人でありかつ内容は単純なものであろう。従ってメモの作成者は労力を惜しんで当然であり,紙のメモによる走り書きになる。それに対し,改変や再利用が予定される文書は,ワープロなどの電子的な文書になって当然である。紙の文書に比べ,修正・追加・訂正などが容易だからである。
また,文書の作成者と受け手の,コンピュータへの習熟度も大きな要因となる。コンピュータに未習熟な人を対象に,電子化文書の作成や参照を議論しても無意味である。この場合,文書の電子化以前に,コンピュータへの習熟が要件となり,業務の一環としてコンピュータ教育が必要となる。このように業務分析は,単に業務を静的に分析するだけではなく,特定のワークフローを想定した業務改善への提案を含む動的なものである。
従って,文書の電子化は,現状の業務を分析し,想定されるワークフローに基づいてなされる必要がある。具体的には,文書の作成者の労力と配布され参照する側の,電子化によるトータルなメリット,デメリットを考慮してなされるべきである。その検討のためには,作成,編集,見やすさ,検索の容易性,再利用性などに関する各種電子化文書の特性を把握しておくことが望まれる。そのためには,電子化文書の構造形式について理解しいておく必要がある。
3.1.5 電子化文書と文書構造
文書の電子化とは言っても,いろいろなレベルが存在する。以下のものは全て電子化文書であるが,異なった特徴を持つ。
特徴は入力が容易なことである。キーボードに習熟しない人ですら入力することが可能である。しかしながら文字列一致による検索が不可能なため検索が問題である。膨大なメモリーを必要とすることも問題である。ファクシミリを電子化文書と言うと語弊があるかもしれないが,この方式を用いたシステムであり入力が容易なことから広く普及している。かつて,光ディスクを用いたこの方式の蓄積検索システムが販売されたが,大量の文書を蓄積すると検索が困難になることから普及するには至らなかった。
キーボードを必要とするが,入力は容易である。ワープロを使える人であれば誰でも入力が可能である。また文字列一致による検索が可能なため,検索も容易である。問題は,図形などを扱うことが出来ないことと,レイアウトが貧弱なことである。最近普及が進んでいる電子メ−ル(Email)は,この方式を用いたシステムである。電子メ−ルは,メ−リングリストなどを使わない限り受信者は特定されているため,作成者はメ−ルの作成にコストを費やすことはできないので文字ベ−スにならざるを得ないのである。
前項に比べ,ツールを使うためのスキルを必要とする点入力コストが高くなるが見やすく美しいレイアウトが可能となる。文字列一致による検索が可能なため,検索は容易である。構造化されていないので,大量文書の電子化には向かないが,比較的少量でレイアウトを重視した文書のような場合に適合すると言える。従って,電子化文書よりは,紙に出力する場合の用途に適合すると言えるであろう。
前項に比べ,大量文書の電子化に適合する。構造を付与するための操作を必要とする点入力コストが高くなる。見やすく美しいレイアウトが可能である。文字列一致による検索が可能なため,検索は容易である。構造を持つことにより,文書を部品から構成される容器として扱うことが可能となり,管理,再利用が容易になる。たいていの場合,次項のSGML文書への変換を考慮している。
さらに再利用性を高めるためには,規格化された構造要素を定義しておく必要が生ずる。SGML(Standard Generalized Markup Language)は,そのような目的で,ISOが定めた文書構造の規格であるが,これを適用するためには,DTD(Document Type Definition:文書型)を定め,そのDTDに基づくタグを付与せねばならないので膨大な作成コストを要する。従って,業界レベル,企業レベルで統一された文書管理と再利用を図るような場合に適合する。SGMLは構造だけの規格であるため,レイアウト的な情報を持たないので,レイアウトを考慮するためのオプショナルな機能(スタイルシ−ト)を必要とするが規格化されていない。
PDL(Page Description Language)は,レイアウトを記述するための言語であり,PostScript,Interpressなどがその具体例である。SGMLとは対照的に構造が無く,レイアウト情報により文書を管理する。そのため,文書の修正・編集・部分的な再利用などは不可能であるが,CD-ROMのような保存用の用途には適合する。見やすく美しいレイアウトが可能であるため,高機能なDTPによりコストをかけて作成した文書を大量に配布するような用途に向いている。文字列一致による検索が可能なため,検索は容易である。最近,Adobe社がこの形式の文書フォ-マットの一種であるPDF(Portable Document Format)を公開したことにより,この形式の電子化文書の普及が進展しつつある。
インターネットにおけるWWWのビューワのためのフォーマットである。このフォーマットはSGMLのDTDの一種であり,定められたタグをベースにある程度のレイアウト機能を考慮している。そのため,SGMLの欠点である膨大なタグやレイアウト情報の欠如といった問題点を避けている。さらに基本機能としてハイパーリンクをサポートしているので,ブラウザとして用いることも可能である。
以上のような各種の電子化文書のフォーマットが存在するが,その選択は,作成,配布,運用,保管といった文書のライフサイクルにおけるコストと利点とのトレードオフによると考えられる。例えば,不特定多数の人を対象に配布するような場合には,作成コストを要してもPDLのような,美しいレイアウトによる文書が有効であろう。それに対し,単なる事務連絡であれば,テキスト文書で十分であり,まさに多くの企業への導入が進展している電子メールが適合する。
なお,文書のライフサイクルにおけるコストと利点とのトレードオフに関しては,電子化文書のみならず,既存の紙の文書をもその範囲に含めるべきである。このトレードオフは,業務分析によって推測することは可能であるが,関連する要因が多いため,一般にはプロトタイプなどによる試行錯誤を必要とする。
3.1.6 インターネット
最近,企業における業務で大きなインパクトを与えているのはインターネットである。Email(電子メール)が使えるか否かで,外部との情報流通は大きな差異が生ずるに至った。さらにHTMLとWWWサーバの普及により,情報の公開や出版の分野でも大きな変革が進みつつある。これらは,前述のトレードオフの考え方から見ると,情報の作成コスト,流通コスト,配布を激減させ,情報の受け手に対しても迅速かつ効果的に情報を伝達させることにより利益を増大させたと言える。
3.1.7 ピラミッドから文鎮へ
インターネットの普及は,ビジネスの形態をも変革させつつある。これは,従来の企業内組織における情報伝達と,企業外部との情報伝達の速度の差異を無くしてしまったことに起因する。その結果,従来のピラミッド型の階層的な組織による情報伝達は,迅速な意思決定にとって大きな制約となり,技術的な進展の急速な分野においては極めて不適当な組織構成になってしまった。それに変わって,「文鎮型」と呼ばれる,強力な指導力を有するリーダーの下で階層の少ない組織による,迅速かつフレキシブルなビジネス形態が台頭しつつある。今後のビジネスはこのような組織によりアクティブに進展することが予想される。
3.1.8 大組織から個人へ
このような動向は今後も継続的に進展してゆくと考えられる。このような場合,従来,企業内で閉じていたワークフローが,外部の組織や個人にまで延びてゆくことになる。従って今後のビジネスは,ネットワークで結ばれた小グループや個人による業務フローにより遂行されるようになるであろう。さらにこのネットワーク上にはEmailやHTMLをはじめとする様々な電子化文書が流れることになるであろう。
このような姿の究極は,在宅勤務であろう。ビジネスにおける仕事が電子化文書に凝縮されるならば,ネットワークが通じてさえいれば,場所は関係なくなってしまうのである。その場合に電子化文書は本質的な役割を果たす。
この傾向は,産業構造の変化にも対応している。産業革命が第一次産業から第二次産業への変革を導いたように,コンピュータによる情報革新は第二次産業から第三次産業への変革をもたらしている。従来のメインフレームやワークステーションによっても第三次産業は大きく進展してきたが,これらは,事業所やオフィスといったビジネスの拠点に置かれてきた。それに対し,パーソナルコンピュータによる革新は,オフィスの仮想化というさらにドラスティックな変化をもたらしつつある。電子化文書の形態も,これらの変革に対応したものとならざるを得ない。そのような観点から,最近のHTMLやそれらに関連した500ドルコンピュータなどのハードウエア,各種ツール類は注目に値する。
3.1.9 日本の企業の問題
以上,電子化文書と業務形態の関係について述べてきたが,本節の冒頭で述べた日本の企業の取組が遅れがちである点について考察する。この問題は,一つには日本語の問題がある。日本の企業は,欧米の企業の優れた点は積極的に導入する傾向にあるが,電子的な文書管理システムだけは容易には導入できない側面がある。
先ず,欧米で普及している文書管理システムは,当初は日本語をサポ−トしていないので,導入したくても即座には導入できない。またこの分野の技術進展のスピ−ドは極めて早いので,システムの日本語化が完成するころには,さらに革新的なシステムが出現し,時代遅れになっている可能性がある。さらに文書管理は,新規システムを導入する場合でも既存の文書との相互運用を考慮する必要が生じるため運用開始までに時間がかかるのである。
既存文書との相互運用の問題は,大規模なピラミッド的な組織ほど深刻な問題となり,結果的に新規システムの導入,運用開始までの時間を費やすことになる。
3.1.10 文化の問題
グローバリゼーションの進展に伴い,日米欧における文化の問題が顕在化している。これらの文化的な背景は,企業文化にも強く影響し,それが業務フローにも影響していると見ることができる。これらの問題については,別途項を起こして記述する。
3.2 電子化文書のライフサイクル
この節では,本委員会の議論の中から二つの点に注目して,電子化文書のライフサイクルについて述べる。一つは,企業業務のワークフローの中での文書のライフサイクルという観点である。この点については,ISO
9000に関するヒアリングの議事録を参照し,業務の流れと文書のライフサイクルの関連性について述べる。もう一つは,電子化文書を再利用するという意味での,文書のライフサイクルである。この点については,引用や参照の意味づけ,文書の構成単位などに関して様々な議論が展開された。それらの議論を参照し,再利用に関する問題点をまとめる。
3.2.1 文書のライフサイクルのモデル
まず最初に,議論のベースとなった文書のライフサイクルのモデルを提示する。
図3-1 文書のライフサイクルのモデル
上記のモデルの中で作成のフェーズは,ワープロなどの利用によって電子化されている場合が多い。しかし,次の修正のフェーズからは,紙を使う場合も多い。
以降では,このライフサイクルのモデルが,実際にどのように運用されているのか,紙の世界と電子化文書のそれぞれについて具体例を参照しながら整理する。さらに,文書のライフサイクルの各フェーズに分けて,ライフサイクル管理の特徴について述べ,業務の流れとの関連について考察する。
3.2.2 紙の世界のライフサイクル管理 −−− バーチカルファイリング
文書のライフサイクルの考え方は,紙の世界でも実施されている。その具体例は,バーチカルファイリングである。バーチカルファイリングの概要を以下に示す。
バーチカルファイリング
バーチカルファイリングにおいては,ライフサイクルの管理において,クラーク(文書管理を行う専門家)の役割も重要である。
クラークの役割
バーチカルファイリングでは,上記のようにクラークが文書管理を行うことによって,文書のライフサイクルの管理が適切に運用されている。電子化文書の管理においても,バーチカルファイリングにおけるクラークに相当する機能が必要である。具体例として,光ディスクを使った場合に生じた問題点が指摘された。例えば,ファイルを管理していた担当者が人事異動などでいなくなってしまった場合に,光ディスクに入っている文書が探し出せなくなってしまうということがある。紙のファイリングシステムではファイルの背表紙などから何とか探し出せることが多いが,電子化文書の場合は,キーワードの設定や,検索方法などのスキルが後継者にうまく引き継がれていないと,全く文書にアクセスすることができなくなってしまう。文書のライフサイクルのモデルを実際に適用するには,担当者(クラーク)の育成方法などを含めた組織の文書管理カルチャーの見直しが必要になる場合がある。
3.2.3 電子化文書のライフサイクル管理
本専門委員会では,電子化文書のライフサイクルの管理の具体例として,Interleafの調査を行った。Interleafには,バーチカルファイリングの考え方が大幅に取り入れられている。そこで,前節で述べた紙の場合と比較して,どのような機能があるのかまとめてみる。
作成のフェーズでは,Interleafでは,構造化文書を作成するためのサポートがなされており,紙で作成する場合よりも統一的な構造化文書が作成できると思われる。作成の時点で文書のフォーマットが統一されてしまえば,後の配布・保管・検索などのフェーズでライフサイクルの管理が容易である。ただし,実際には,社員全体が同一の文書作成ツールを使っているとは限らないので,文書を他のフォーマットから変換する機能も重要である。また,紙から電子化文書への移行期間においては,すでに紙にかかれた文書やファックスなどから電子化文書に変換する機能も考える必要がある。
修正のフェーズでは,原著者とレビューア(通常業務では上司)の間で,文書をやりとりし,変更を加えていく作業が頻繁に起きる。電子化文書では,紙と違って,電子メイルによる送付が可能であり,特に地理的に離れた場所にいても修正が効率的に行えるというメリットがある。Interleafがサポートしているようなメッセージ伝送機能があれば,より効率的に修正作業ができる。また,遠隔地を結ぶマルチメディア会議システムなども修正フェーズをサポートするツールとして有効であると思われる。
承認のフェーズでは,電子化によって,承認経路の間での文書のフローをシステムによって,コントロールすることができる。複数のレビュアーの承認が必要な場合,既にどの段階まで承認されて,次は誰が承認するのかといった情報を電子化文書と一緒に管理することができる。これらの機能は,主にグループウェア関連のアプリケーションで実現されている。
配布のフェーズでは,紙の場合に比べてかなり自由度が増すことになる。CD-ROMを利用すれば大量の文書を非常にコンパクトな媒体で,配布することができる。文書を電子的に配布する場合には,そのビューアを全員が利用できるようにしなければならない。Interleafの場合には,ビューアのソフトが用意されているが,一般的には,汎用的なフォーマットに変換して配布する場合が多い。最近では,WWWのメカニズムを利用すれば,インターネットを通じて社外に対しても文書を容易に配布できるようになった。
保管のフェーズでは,文書の電子化によって,検索が容易になるというメリットがある。例えば,文書の中のテキスト部分に関して全文検索を適用すれば,かなりの確率で目的の文書を探し出すことができる。このメリットを生かすには,テキスト,図形,表などの文書を構成する要素が構造化されていることが重要である。テキスト部分でも章や節のタイトル,図の名前などがさらに細かく構造化されていれば,より詳しい検索方法が実現できる。また,さまざまな形式の文書を一元的に管理するには,それぞれの文書の文書構造要素の互換性を考慮する必要がある。文書の論理構造を定義して記述する言語としては,SGMLを利用することができる。
文書の電子化において注意しなければならない点として,文化的背景の影響が上げられる。日本では,文書の論理構造の認識は薄いという指摘もあり,文書の電子化においても構造化文書を作成できるようにするための教育から考えなければならないと思われる。
3.2.4 文書のライフサイクルにおける再利用の位置づけ
本委員会の議論において,ライフサイクルのモデルに関して,更新という処理はどう扱うべきかという問題提起がなされた。議論のベースとなったワークフローのモデルでは,文書を承認した後で更新したい場合は,別の文書として新規作成から始めるというのが一つの考え方である。つまり,新規文書を作成し,その文書で更新したい文書を参照し,内容を更新するという方法である。これは,文書を再利用したという見方につながる。この問題提起をきっかけとして,文書の再利用に関する議論へ発展した。
前節までは,企業業務の中で組織を維持するという視点で,文書のライフサイクルを考えてきた。しかし,文書の作成(成り立ち)に注目して見ると,ライフサイクルの意味が変わってくる。この節では,いろいろな文書の部分を引用や参照によって再利用し,完成された文書を作るという視点から文書のライフサイクルを考えてみる。
引用について考えて見ると,他の文書の一部を引用する場合に,文章をコピーして埋め込む方法と,WWWで行われているように,リンクだけを埋め込む方法がある。
文書をコピーして埋め込んだ場合,それが引用であることを明示しなければ,文書の他の部分と区別ができなくなってしまう。そのため引用の方法に関するルールを決める必要がある。また,元の文書の原著者と引用している文書の著者が異なる場合,それぞれの意図が一致しないという問題は,必ず起こるので簡単に再利用することは難しい。コピーによる再利用が現実的と思われるのは,あらかじめ素材となることを意識して作られた文書を引用して,別の目的を持った文書を作成するという場合ではないだろうか。本節は委員会の議事録をもとに,執筆者の私見を加えることにより,作成している。この報告書そのものが,議事録を引用することにより報告書を作成するという,文書のライフサイクルの試みの一つになっている。本節は議事録の一部を引用しているが,執筆者の意図によって,再構成し,新たな文書として作成されている。したがって,この報告書だけでも一つの完結した文書となっている。さらに,議事録を読むと,会議の進行にともなってどのような流れで,議論が進んだのかという別な観点から内容を把握することができると思う。
リンクだけを埋め込んだ場合には,リンク先の文書はオリジナルの執筆者が管理しているので,文書のオリジナリティを保証することが容易である。WWWのような環境で,電子化文書のメリットである再利用の容易性を生かすには,著作権のルールづくりも重要なポイントになる。リンクを使ったときのデメリットは,引用した内容が,文書を作成した側の意図に反して変更されてしまう恐れがあることである。WWWでもリンク先の内容が変化してしまったり,消えてしまうようなことが実際に起こっている。プログラムのサブルーチンコールのように,引用の際の文書の間のインタフェースを決めることによって,引用における不一致の問題を回避できると思われる。単純には,タイムスタンプのようなものである。この問題に関しては,compound
documentに関する標準化の中でも議論されている。
3.3 電子化文書の文化的側面
我々は,内容的に優れた規格が,必ずしも社会的に受け入れられるとは限らないことを見てきた。トップダウンに規格を定めようとして失敗することがあるのに対して,ボトムアップに秩序が形成されることがある。政府等の公的な機関による規格制定が失敗し,一企業の方式が事実上の標準となることがある。規格なり,標準といったものを評価するときには,技術的内容や抽象的なモデルに目が行きがちだが,それだけでは済まないというのが,この委員会の基本認識である。
それでは,他に何があるのか。ここでは,文化という側面から,いくつかの切り口を提示したい。多少,天の邪鬼なところや互いに矛盾していると思われるところもあるが,今後の討議のための座標軸を提案するもの,と捉えていただきたい。
3.3.1 教育
Interleafは,米国の文書管理手法を,そのまま電子化したに過ぎない。ところが,日本人には,それは新しい仕事のやり方を要求しているように見える。このことを指して,我々は,日米では文書管理の文化が違うと言った。この違いは,どこから生じるのか。教育の違いか。その教育が,たかだか大学程度から叩き込まれるものならば,米国流のやり方を身につけるのも,難しくはない。しかし,幼児期の教育や,あるいは言語の違いにまでさかのぼるのならば,絶望的ではないか。
ところで,Interleafによって電子的に表現された米国の文書管理文化は,理想に発して教育により構築されたものであろうか。どのように維持されているかではなく,なぜあのようになったのか。彼らはなぜ,きちんと文書を作るのか。文書管理の専門家(clerk)は,どのようにして生まれたのか。
教育が必要であるという結論に達しがちであるが,単なる訓練を越えて,文化の変更を迫るものであるならば,どこかで考えの道筋を誤っていないか。
3.3.2 何の,いかなる意味での,誰のための標準か
インターネット,WWWにおけるホットな話題として,我々はJavaを取り上げた。Javaの可能性は,いわゆる文書に限定されるものではないが,ここでは電子化文書の観点から検討してみる。
Javaは,インターネットの世界では,無視できない事実である。では,Javaはデファクト「標準」なのだろうか?
Javaは,何の標準であろうか。Javaは,ネットワーク型かつ刻々と変化する文書を記述する標準である。Javaは文書データの標準というより,ネットワークプログラミング言語の標準であると言う方がふさわしいように思える。文書の標準というと,データ形式の標準であると考えるが,そうとは限らないことをJavaは示している。
Javaは,いかなる意味で標準なのであろうか。Javaによって,新しい形の文書を記述すれば,機種(Macintosh,DOS/V PC,等々)を問わず,その文書を読めるようになることを指して,標準といえる。
Javaは,誰のための標準であろうか。Java言語を習得していれば,今後仕事に困らないという意味で,プログラマーのための標準であろうか。いや,機種を問わない文書を作成でき,また,読める文書が多くなるという意味で,文書の作成者や読者のための標準のはずである。
3.3.3 WWWやJavaが示唆するものを,文書と呼べるか
WWWやJavaは,データというものと文書との境界を崩しつつあるように思える。
しかし,それは面倒な事態をひき起こすのではないか。文書が紙であるとき,例えば文書を大事にするとは,その紙を物理的に大事にすることである。これは,わかりやすく簡単なことだ。文書が電子化されても,それが単一のデータに対応している限り,同様に大事にすることができる。しかし,それがWorldWideなハイパーテキストであったり,プログラムにより変化する部分を含んだりするとき,これを文書と呼んでもよいのか。
文書とは「読んだ」と言えるものである。「知っている」とは,満足をもたらすものである。すなわち,少なくとも心理的には,情報とは死んだもの,過去のものであるという側面を持つ。現実は時々刻々と変化していくにもかかわらず,情報とは,ある局面で切り取ったものという意味を帯びている。
動的に変化するハイパーテキストなど,文書として受け入れるのは難しいのではないか。「あの記事を読んだ。」と言うとき,「あの」を特定するのが非常に困難になってしまう。「情報の洪水」と言われることがあるが,多数の情報のそれぞれが,さらに変化しつつあることなど認め難いのではないか。
文書とは,なんらかの枠組みが与えられているものである。何かの意味で「確か」でなくてはならない。そうでなくては,単なるデータの集まりである。
3.3.4 文書の構造化
文書がいったん構造化されれば,その恩恵を存分に引き出すことは可能である。問題は,その状態になかなか至らないことである。最小のコストで,構造化文書を作成できる技術が待たれる。
SGMLは,事前にDTDの定義を要請するので,入力のコスト以前に,システム導入にコストがかかる,すなわち,DTDを設計しなくてはならない。SGMLのこのような性質は,人が文書を作成するときの自然に逆らっている。人が文章を書くときは,新しい意味付け(マークアップ)の可能性に対して常に開かれているからである。DTDのような事前の設計無しに,様々な意味をその場その場で創造することもできる。
一方,SGMLのこのような性質は,人が文書を読むときの自然に忠実である。情報とは,確定したものだからである。マークアップの種類は,閉じていなくてはならない。
人の頭から出てくるときに,十分にマークアップされていれば,SGMLへの敷居は比較的低いだろう。
ちなみに論理構造といっても,SGMLの言う論理構造とは,起承転結や三段論法といった,意味内容の展開を指すのではない。段落等の意味のまとまりを,章等へとまとめ上げた階層構造を指すにすぎない。
3.3.5 文書の論理構造とレイアウト
文書の論理構造とレイアウトとは分離不可能である。よいレイアウトとは,文書の論理的構造を反映したものである。
論理構造とレイアウトとを分離するなど暴挙である。我々は,優れたレイアウトの助けによって,文書の内容をよく理解できるのである。また,例えば,紙に3色のボールペンでメモを書き込んでいくとき,下線や色の使い分けによって,文字に様々な意味を瞬時に付与していくことができる。これがある面で優れたものであることは,認めざるをえまい。
レイアウトを捨象し,文字記号によるマークアップだけを入力させるのは,文書の入力方法としては後退していると言える。優れたSGML文書入力エディタは,レイアウトを捨象しないものだろう。ただし,これはWYSIWYGとは別のことがらである。
レイアウトしながら文書を入力するのは,実は,マークアップしているのと同じではないか。
3.3.6 レイアウトは,そんなに重要か?
レイアウトは,そんなに重要だろうか。意味内容と不可分であるという意味で,重要である。では,文字詰めが甘いといったレベルの組版までもが重要か。これに答えるには,誰にとってなのかを指定しなくてはならない。これは,誰のための標準か,にも通ずる問題である。