CrossConceptにおける概念操作モデルと知性・感情の工学的支援

作成: 2007年9月23日

改訂3: 2007年11月30日

山口 琢株式会社ジャストシステム

小林 龍生ジャストシステムデジタル文化研究所

野口尚孝株式会社ジャストシステム

Thought Process Model In CrossConcept
for Intellect and Emotions Support by Systems Engineering

YAMAGUCHI Taku, JustSystems Corporation

KOBAYASHI Tatsuo, Justsystem Digital Culture Research Center

Dr. NOGUCHI Hisataka, Design Research Fellow of JustSystems Corporation

Abstract

人々が行っていると考えられる概念操作をコンピューター上に、まず、いわば外在化することで、人々の知性や感情を工学的に支援できないか。CrossConcept10)はリスト構造で表現される概念について、概念を《使う》こと、概念が《発展する》こと、使用・発展可能な概念を《伝える》ことをモデル化し、コンピューター上に実装したソフトウェアである。この発表では、CrossConceptの紹介を通じて、これらが実装した概念操作モデルを報告し、知性・感情の工学的支援について考察する。

CrossConcept10) is a computer software which is designed to support people's intellectual and emotional activities. Using CrossConcept, they can externalize their concept operations that they perform in their brains. In the model of CrossConcept, a concept is simply represented as a list of items. And in this model, operations of using concepts, developing concepts and communicating those concepts are represented as operations of lists and tables. In this paper, authors report the concept operation model implemented by CrossConcept. And we consider how people's intellectual and emotional activities are supported by a method of the systems engineering.

Keywords: 概念操作, リスト, 知識

1. はじめに

1.1 リストと表の機能

リストや表は、考える過程や、思考結果の簡潔な表現においてよく利用される。また、文章を読むときには目を引き、人が文章を読む流れに馴染み、表現された考えを読み取りやすく、また表現された考えを別の判断の基準とするときに利用しやすい。リストや表は、文章によるコミュニケーションにおいて、このような機能を持っている。リストや表が持つ、このような機能は、それが表現する考えの内容によらず汎用的に発揮される。それゆえにこそ、これらには箇条書きや表組みといった固有で標準的な書き方や組み版が与えられ、洗練されてきたと考えられる。

リストや表の特徴

リストや表がこのような機能を持つのは、これらが人の思考過程と相互に関係しているからではないか。ならば、人がリストや表に対して行う操作をコンピューター上でシミュレートすることで、人の思考過程をコンピューター上で表現でき、そこに介入することでそれを支援する可能性が広がるのではないか。

以上が、この研究の基本的な着想である。

ここで、リストや表に対して行う操作をコンピューター上で表現するのであり、コンピューターに代わりに思考させるのではないことに留意されたい。以下を参照のこと。

1.2 概念操作の外在化

思考過程をコンピューター上で表現することを、報告者らは《概念操作の外在化》と呼ぶ。概念操作の外在化というソフトウェアデザインの手法は、リストや表以外にも適用可能と考えている。

思考過程や知識を扱う情報処理技術は、思考内容をコンピューター上に表現するアイデアプロセッサーなどの技術、思考結果を分かり易くコンピューターディスプレイや紙面上に組み版する技術、思考結果を検索する技術、思考結果を広く流通させるためのデータ形式の標準化において発展してきた。

しかし、思考結果を別の思考における判断の基準にするなど、概念を利用する技術が未開拓であると報告者らは感じている。現状では、インターネットで検索して得られた知識は、特定のアプリケーションの範囲内で利用する以外は、人が自分の頭の中に読み取って頭の中で利用するしか術がない。

すなわち、我々は、情報を検索する -- 見つけて手に入れる(search and retrieve) -- ことと情報を利用することを区別する。

思考過程や知識を扱う情報処理技術

検索
思考結果の検索。Googleに代表される検索エンジンなど
新しい抽象表現
思考内容の新しく抽象的な表現。アイデアプロセッサーなど
伝統的な表現
思考結果を伝統的な形式で表現する。コンピューターディスプレイ上にレイアウトする。紙面上に組み版する。
標準形式、特にデータ形式
意味、表現、データ形式の標準化。思考結果のを広く流通させるため。XML、XHTMLなど。
利用、活用
思考結果の利用。思考結果を別の思考における判断の基準にするなど。

概念を利用する技術は、知性だけでなく人の感情にも働きかけ、情報の読者に豊かな《読み》の世界を拓く。これについては、文献2)4)を参照されたい。

CrossConceptは、以上の着想をもとに、概念をリスト構造で表現するというモデルを採用し、そのモデルにおいて概念を《使う》こと、概念が《発展する》こと、使用・発展可能な概念を《伝える》ことを表現し、コンピューター上に実装したソフトウェアである。以下で、CrossConceptの紹介を通じて、これらが実装した概念操作モデルを報告する。

2. CrossConcept

CrossConceptの原理

概念をリストで表現
概念をいくつかの項目の集合、すなわちリストで表現する。
表組み
リストを表の軸として配置すると、その配置そのものが、利用者に軸、すなわちリスト、すなわち概念間の関係を関係を考えさせたり、概念そのものの改善を促す効果がある。

CrossConceptの機能は、次のように単純である。

これらは次のように使われることを想定している。

利用者は概念をリストとして表現し、そのリストを表の軸として組み合わせることで、概念の設計、利用、伝達が支援される(Figure 1)。


Figure 1: CrossConcept概観

CrossConceptはxfy7)上に構築されたアプリケーションである。

2.1 概念を《使う》

利用者が、それらリスト群、すなわち概念群の中から2つを選ぶと、CrossConceptはその2つの概念を、それらを2軸とする表に配置する。この表のセルが、この2つの概念の間の関係を記述する。つまり、「この2つの概念、つまり2軸の間の関係は?」と、CrossConceptは利用者に尋ねる。表のセルに記入する作業が、2つの概念の間の関係を記述する作業となる。

ここで一方のリストに主たる関心があるとき、利用者は他方のリストを《使った》ことになる。

例えば、2つのリストのうち、一方を自分が開発した「システムの特徴」、他方を「研究会のキーワード」だとしよう。それぞれが次のようであるとする:

システムの特徴 =
{ xfy, Metaphor, 発想を促す表, 人の法則, 思考プロセスの表現, 知識の伝達, 試行錯誤, XHTMLの意味マークアップ }
研究会のキーワード =
{ 意思決定を納得させる, 知識処理技術の集合, 目的志向の知識創造 }

これら2つを表としてつき合わせて、その研究会で話す内容を検討したとき、「研究会のキーワード」リスト、すなわち概念を《使った》ことになる。

Table 1: 概念の使用
  意思決定を納得させる 知識処理技術の集合 目的志向の知識創造
xfy
Metaphor
発想を促す表  
人の法則
思考プロセスの
表現
知識の伝達
試行錯誤
XHTMLの
意味マークアップ

実際、研究会のキーワードが公開されるなら、それはこのような目的で公開されているはずである。

セルが埋まらないという関係

この検討作業において、すべてのセルが埋まる必要はない。

第一に、CrossConceptでは概念である軸の検討が主たる目的であり、セルを埋めることは二次的な問題である。空欄のセルは利用者への問いかけである。気づきや発想を促す効果があれば、十分に役割を果たしたことになる。これが、表の機能の1つなのかもしれない。

第二に、埋まらないことが、2つの概念の関係を表す場合がある。一方が質問の要旨で、他方が回答の要旨である場合、セルが埋まらないことは、例えば、回答者が質問をはぐらかした可能性を示す。すなわち質問と回答は「はぐらかし」の関係にある。

2.2 概念が《発展する》

セルに記入する作業を通じて、各軸、すなわち各概念の構成に改善点や不具合を発見するかもしれない。そのときには、その概念、つまりリストを修正する、あるいは新たなリスト、すなわち概念を構築することになる。

「システムの特徴」と「研究会のキーワード」の例では、これら2つを表としてつき合わせることで、「システムの特徴」リストから次のような「研究会で話す内容」リストを得たとする。

研究会で話す内容 =
{ 発想を促す表, 人の法則, 思考プロセスの表現, 知識の伝達 }

このとき、「システムの特徴」概念は、「研究会のキーワード」概念とつき合わされて「研究会で話す内容」概念に《発展した》。

なお、ここでは「xfy」の話などを省いたことになるが、表のセルに記された「○」と取捨選択との関係は恣意的である。そもそも、セルに何を記入しどう解釈するのかは利用者しだいである。

このようにして、他の概念と組み合わせて関係を考える・発想する作業を通じて、概念が修正され、発展していく。

データ分析との違い

データ分析における分析軸は、誤りがないとするのが普通である。例えば時間軸において、「西暦2006年という年は、実は存在しなかった」という発見は、通常は想定の範囲外である。

一方、CrossConceptにおいては、軸、すなわち概念を吟味することが主たる目的である。その概念において、西暦2006年という年が存在しなくても、である。

また、データ分析では分析軸とセルとの関係には客観的な規則性が求められる。「システムの特徴」、「研究会で話す内容」と「研究会のキーワード」の例のように、「○」と取捨選択との関係が恣意的であってはならない。

CrossConceptは、そのような恣意性も思考過程の一部として受け入れる。

2.3 概念を《伝える》

概念、すなわちリストは、XHTMLのリスト、すなわち、ul要素、ol要素、dl要素としてシステム外部とやりとりできる。また、CrossConceptシステム内部でもXHTML形式で記述されている。すなわち、Webページ上のリストは、そのままCrossConceptで利用可能な概念であり、発展した概念もまた、そのままWebに公開可能なリストである。

Web上のリストは検索エンジンで検索可能である。これらエンジンがリストアウェア(list-aware)、すなわちul要素、ol要素、dl要素であることを検索条件に加えることができれば、なおよいだろう。しかし、CrossConceptのリスト編集機能で、リスト化されていない平文をリストに構造化していくことができるので、リストアウェア性は必須ではない。

3. 考察

報告者が参加している横断型科学技術連合の「システム工学とナレッジマネジメントの融合に関する調査研究会」の趣旨に沿ってCrossConceptを考察する。

3.1 知識循環のモデル

ここで、これまで概念と呼んできたものを「知識」と呼べるのではないか。CrossConceptでは概念を判断の基準として使うことが可能なので、CrossConcept上の概念、すなわちリストを単なるデータや情報でなく知識と呼んでよい1)だろう。

すると、CrossConceptは、「知識はリスト構造を持つ」というモデルを採用することで、知識が発展しながら共有され循環するさまをシミュレートする、と見ることができる。すなわち、ある利用者が、誰かがWeb上に公開した知識を検索し、その知識を使い、使いながらその知識自体や別の知識を発展させ、発展させた知識をWebに公開することで再び人に伝える、この一連の過程がコンピューター上で表現され、つながったことになる。

3.2 知識モデルが備えるべき必要条件

ここまでで述べたことを、知識モデルが備えるべき必要条件として、次のように整理することができよう。

知識モデルの必要条件

《使う》ことを表現
知識を使うことが定義、表現されている。
システム間の相互運用性
システム間で相互運用可能である。意味、表現、データ形式の標準化。
受容性
人のあらゆる考えを受け入れる。それが客観的でも主観的でも、整合的でも矛盾があっても。
変化を表現
個々の知識の変化、特に定性的な変化が表現されている。

これらは、研究会のキーワードと関係づけて、次のようにも整理できよう。

Table 2: 知識モデルの必要条件と研究会のキーワード
  《使う》ことを表現 システム間の
相互運用性
受容性 変化を表現
意思決定を
納得させる

適用した判断の基準、採用した枠組みが明示される。


何を否定したのか、不採用だったのかを明示できる。

知識処理
技術の集合

様々な知識を総合できる。
目的志向の
知識創造


《目的》を表現した知識を、創造しつつある知識の評価に使う。


到達/未達度が表現される。

3.3 システム工学とナレッジマネジメントの融合

上記シミュレーションにおいて、CrossConceptが支援する部分はすべて、利用者の手動によるものである。また、操作が利用者の判断によるものであるから、現実的に処理可能なリストの項目数や表のサイズは、利用者の人間的な能力による。

システム工学が大規模・自動化を旨とするならば、すなわち、大規模システムの自動制御や自動化による効率向上が目的であるならば、CrossConceptのモデルとシステム工学との関係は緒についたばかりである。

一方で、人にとって問題解決が困難な理由は、必ずしも問題が大規模であるからとは限らない。解決困難な理由が特定の考え方の枠組みにとらわれていることにあるとき、別の考え方に気づいたり、とらわれていること自体に気づくだけでも、問題解決の糸口がつかめることがある。これに関するCrossConceptの発散的思考支援(Divergent Thinking Support)機能については、別の機会11)に論ずることにする。

そこで、システム工学とナレッジマネジメントの融合を考えるとき、問題解決における次の2つの要素を区別しておく必要があろう。

最後に、自動化については次に述べる注意が必要であろう。

自動化と人の法則

自動化は諸刃の剣である。それは、自動化が《世界の法則》を利用しようとするからである。世界の法則は普遍的で客観的に正しいので、これに基づいてコンピューターに処理させた結果を、誰もが正しいと思える。ゆえに自動化が可能となる。

一方、例えば、ある個人がたまたま感じる心理的な時間の長短と、時計で計る長短と、他人が感じる長短とが一致しないことは、一般に知られている。このように世界の法則とは一致しない人の性質を、ここでは《人の法則》と呼ぶことにする。人の法則は、日常のあらゆる営みに浸透しているようだ5)6)が、人の法則が自動化に馴染むのか、現時点で不明である。

現時点では、ナレッジマネジメントシステムの設計において、人の法則を排除しないよう注意を払うべきであろう。CrossConceptは、世界の法則と一致しない概念であれ、きわめて個人的かつ主観的かつ一時の迷いであっても、そのような概念同士の関係を検討し、利用者の判断において改善することを支援する。「システムの特徴」、「研究会で話す内容」と「研究会のキーワード」の例では、恣意的な取捨選択をCrossConceptが受け入れ表現されるからこそ、CrossConceptを使って「これは恣意的ではないか?」という議論が可能となる。

個人的かつ主観的かつ一時の迷いをも人の法則として扱うためには、共起に基づく統計処理の持つ《世界の法則》性にも注意が必要ではないか。

CrossConceptの軸の1つとして世界の法則に基づくもの、例えば時間軸を採用することは問題ない。つまり、まず人の法則に基づいて設計し、しかるのちに世界の法則を利用して支援するという順序が、概念操作を外在化するソフトウェア設計のコツではないか3)

4. まとめと今後

概念はリスト構造を持つというモデルを提案し、知識を《使う》こと、知識が《発展する》こと、使用・発展可能な知識を《伝える》ことを表現したソフトウェアCrossConceptを紹介した。

また、システム工学とナレッジマネジメントの融合の観点から、このモデルやCrossConceptについて考察した。

今後は、《概念操作の外在化》手法に基づいて、概念を扱う別のモデル構築に取り組みたい。